GEN-DO|考えて、動く。

思考と行動のあいだにある「道」を探求するブログ。 日々の気づき、考え方のヒント、行動を変える習慣、そして剣道から学んだ哲学を綴る。 考えるだけで終わらせず、実際に「動く」ことで見える景色を共有する。

剣道における「守破離」──上達の道を示す三つの段階


守破離(しゅはり)とは?

守破離とは、剣道修行上の段階を示す教えです。
(昇段審査の筆記試験でもよく出題されます)
「守」は指導者の教えに忠実にしたがって学び、それを確実に身につける段階。
「破」は「守」の段階で学んだことについて工夫を凝らし、さらに技術を高める段階。
「離」は「守」「破」といったことを超越して、技術をさらに深め、独自の新しいものを確立していく段階。
全剣連発行の「剣道指導の手引き」には書かれています。

剣道から学ぶ「守破離

剣道の世界では、古くから上達の段階を示す言葉として「守破離」という言葉が用いられていますが、「守破離」は単に剣の技の上達に限らず、芸道や学問などあらゆる修練に共通する道筋を示すものだと思います。
まずは型を守り、やがて破り、そして離れていく──。
この流れの中に、上達というものの本質が表れており、剣道を通じてこの考え方を学ぶことは、自らの稽古や学びの進め方を見直す大きなヒントになるのではないかと考えます。

守 ― 型を守り、確実に身につける

稽古を始めたばかりのころは、師の教えをそのままに受け入れ、正しい構え、足さばき、打突の一つひとつを繰り返し練習します。
「守」の段階では、教えられた型を忠実に再現することが目的です。

何度も反復するうちに、体が自然に動くようになり、ようやく技の土台が固まります。
これはどんな分野でも共通しており、最初に基本を正確に身につけることが、後の応用や発展の土台となるのだと思います。

破 ― 型を破り、目的を見つめ直す

「守」については、誰もが普通そうであろうと納得のいくプロセスであると思います。ですが、「破」って何?何故これまで一生懸命守ってきたのに、「破」になってしまうの?人によっては何か受け入れにくかったり、そうでなかったとしても、その理解は人によって異なるのではないかと思います。

なぜ「破」なのか、なぜ「破」が起こるのか、これはあくまで私の理解ですが、それは教えられた型を繰り返す中で「このままでいいのか」と感じる瞬間が必ず訪れるからではないかと思います。
私自身、ある時「これ以上鏡の中の自分を磨いていても大きな前進は望めないのではないか」と考えたことがありました。
こう考えたときに初めて、教わった型は唯一の正解なのではなく、相手を打つという本来の目的を果たすためのひとつのひな型に過ぎないと気がつくのです。

料理でいえば、教わった通りの煮炊きのしかたでレシピ通り作れるようになることは本来の目的ではなく、「美味しいものを作る」という本当の目的を意識しはじめるということです。
すると、食材や相手の状態に応じて手を変え、工夫を凝らすようになる。
まさにその瞬間が「破」であり、型を破る必然が生まれるのだと思います。

離 ― 形を離れ、自然に至る

「離」は、「守」と「破」を超えたところにあり、型から離れ自在となり、独自の新しいものを生み出す段階と言われています。そのため、「離」について具体的なイメージを語れる人はすごく少ないのではないかと思います。
漠然としたイメージになってしまいますが、「離」は型にとらわれず、状況や相手、場の空気に自然に応じられるようになるのだと思います。
それは、積み重ねた稽古が心身に溶け込み、意識しなくとも「その場に相応しいこと」ができる状態なのかもしれません。

おわりに

守破離」は、簡単に言うと「守」で型を身につけ、「破」でその型の意味を理解し、「離」で自分の形を生み出すという上達の過程について示したものであり、剣道だけでなく、あらゆる芸道や学問、仕事の上達にも通じる考え方だと思います。

守破離」もまた、上達の過程について示した一つのひな形であり、「これが唯一の上達の方法」という正解を示したものではないと思います。

実際の個々の上達の過程は、みな違っているのが当たり前であり、物事の上達には、常に自分で考え、工夫することが大事であると考えます。


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