剣道では「打ったあとが大切だ」とよく言われます。 その心が明確に形に表されたものが「残心」です。 しかし、実際の稽古や試合の中では残心の伴わない技になってしまうことが多く、特に初心者や学び直しにおいては、打突そのものばかりに意識が向いてしまい、なかなか打った後まで思いが至らないというのが現実だと思います。
残心とは(模範解答)
全日本剣道連盟公式サイトにある剣道学科審査の問題例と解答例では、「残心」について以下の通り説明しています。
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残心とは、打突した後でも油断することなく、相手の反撃に対応できる身構えと気構えである。
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残心は相手の反撃を気にしながら打つことではない
残心について、初心者の方が実践しようとすると、「打った後の相手の反撃を気にしながら打つこと」のようにやってしまいがちなのですが、残心は、実は全く逆のことを言っています。
残心は、身を捨てて思い切って打った後、相手の反撃を許さぬように備えることであり、むしろ相手を打つ段階では「残心」のことは忘れてなければならないのです。
昔の先生は、これを「コップの水を思い切って、バっと捨てるとコップの中に1、2滴の水が残る。これが残心だ」と教えています。逆に最初から水を残そうとしていると、1、2滴ではなく、残り過ぎてしまったり、無くなったりしてしまうのです。
剣道日本の「残心とは心を残さないこと?残心の二つ目の意味について」では、このあたりのことを詳しく解説してくれていますので興味のある方は読んでみてください。
残心が有効打突の条件となっている
剣道における「有効打突」とはの記事に書いたように、「有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し 、残心あるものとする」とされており、有効打突の条件の中に、「残心があること」が入っているのです。
これは、個人的な見解ですが、剣道は競技としての側面と「お稽古事」としての側面があり、競技としての側面から見た場合、打った後の身構えや気構えなどは競技者本人の自由であり、結果として打たれなければよい訳ですが、「お稽古事」としての側面から見ると、先生は「打った後は残心をとること。それができていない打突は認めません」と言っているのだと理解してます。
このルールは、半分形骸化してしまっている感は否めませんが、昔からの教えを伝えんとする立場からは、この教えが守られなくなって行ってしまうのは看過できないことであるというのは理解できます。
打った瞬間で終わってしまわないこと
残心は、「打突した後でも油断することなく、相手の反撃に対応できる身構えと気構え」なのですが、これは「打突が決まらなかった時には、直ちに次の動作に移れる身構えと気構え」とも言え、このように考えた方が自身の剣道の上達に役立つと思います。
具体的には、打突した後
- 前に出る
- 間を切る
- 体をさばく
- 振り返って構える
といった動作が、打突が決まろうと決まるまいとに関わらず必要で、打突が決まれば残心となり、決まらなかった場合は二の太刀へとつながるということになるのだと思います。大事なのは打った瞬間で意識が終わってしまわないということです。
自身の経験
大分昔の話になってしまいますが、自分が上手の先生にかかり、打って出ると迎え突きで止められてしまい、なかなか良い打ちが出せず悩んでいた時期がありました。
もちろん、攻めが足りないとか、きちんと剣を殺せていないとか原因は色々あったのだと思います。
しかし、意外なことがその悩みを解消してくれました。先生との稽古を待っている私の目の前で、逆に先生に対して迎え突いた人がいたのです。すると先生はそれをあまり気にせず打ち抜けて、突きは一度胸に当たるも右に滑って逸れていきました。
通常であれば、何でもないよくある光景です。しかし悩んでいた私には違って見えました。「今の自分だったらこうならない。止められているのではなく、止まっているのだ」と気が付きました。
この時に「打った瞬間で終わっていてはいけない。必ず残心までやり切ろうとしないと気が付かないことある」と意識するようになりました。
まとめ
残心は、少なくとも私にとっては、長い間、剣道を通じて教えていただいたことの中で、最も深い意味を持った教えなのではないかと思っています。
打突する前は、誰もが一生懸命考えて工夫するのですが、打突の後はどうしても気を抜くことが多くなってしまいます。しかし打突した後は、次の打突の前とも考えられ、打突した後を良くする、すなわち残心までの手順を良くすることで、打突する前の工夫だけではやりきれないようなことができるようになるのではないかと考えています。